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File No.01 フランチェスコ一世は毒殺されていた!

 2007.1.5 ニュース

 16世紀イタリアのフィレンツェを支配していた一族メディチ家の当主だったフランチェスコ一世の死因についてフィレンツェ大学のドナテッラ・リッピ教授ら科学者チームがブリティッシュ・メディカル・ジャーナル誌に研究結果を発表した。チームは教会に保存されていたフランチェスコ一世夫妻の肝臓組織を分析していた。

 それによると、フランチェスコ一世及びその妻は砒素によって毒殺されていたことが明らかになったという。

 夫妻は1587年10月、急に倒れて相次いで死亡したと伝えられている。当時から毒殺の噂は根強かったが、一方でマラリア熱による死亡説もあって歴史上の謎の一つとされていた。これまでも墓を掘り返すなど死因特定の試みは行われてきたが、明確な死因解明には至らなかった。

 フランチェスコ一世とは?

 1541年生まれ。初代トスカーナ大公国大公である父コジモ一世の後を継ぎ、33歳でトスカーナ大公となる。オーストリアの神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン二世の妹を娶り、5人の娘を生すが、結婚前から人妻ビアンカ・カッペッロを寵愛し、妻亡き後は彼女を大公妃に迎えた。共に毒殺されたのはこのビアンカである。

 フランチェスコ一世は政治には全くと言っていいほど関心がなく、美術、科学、錬金術に熱中した。宮殿にブオンタレンティのグロッタ (グロテスクの語源になった) という奇怪な洞窟を作ったり、巨費を投じて私的なアパートメントや収集品の陳列室ストゥディオーロなどを設えた。

 犯人は誰だ?

 最高にして唯一の被疑者はフランチェスコ一世の弟で枢機卿だったフェルディナンド一世である。

 兄の変死当時も、当主の座を狙っていた弟の犯行だとの噂は巷にも広く浸透していた。しかも、フェルディナンド一世は、兄夫妻が倒れたとき、夫妻の館に滞在していたというから、状況証拠はバッチリ。

 ちなみにフェルディナンド一世は兄の後を継いで第3代目のトスカーナ大公となる。
 メディチ家の栄華はこのフェルディナンド一世まで続き、その後に衰退期を迎えることになる。