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茶道石州流と怡渓会
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茶道石州流と怡渓会
茶道石州流
茶道石州流は、小泉(大和郡山市)の藩主・片桐石州(貞昌)
(1)
を流祖とします。石州の茶は千利休、その息子の千道安さらに和歌山城主であった桑山宗仙を経て石州に伝わりました。その茶風は利休に帰すべく簡素を旨とする侘茶と大名の見識を併せ持つものであり、柳営茶道
(2)
の基礎となりました。片桐石州は小堀遠州
(3)
の跡を受け継ぎ、四代将軍・家綱の茶道師範となり、「石州三百箇条」を上進して、将軍、大名、及び貴顕の茶法を確立しました。そして徳川二百年に渡り、石州時代を現出したのです。当時は「石州ならざれば、茶にあらず」とまでいわれた程であったそうです。
現在、石州の茶は名人相伝の志のもと、多くの派に分かれています。石州公に茶を学んだ人物としては、徳川四代将軍家綱、水戸光圀、堯燃法親王、松浦鎮信、藤林宗源、清水道閑、大西閑斉、保科正之、怡渓宗悦、野村休盛などを挙げることができますが、彼らが全国各地へ石州公の教えを広めたことから、怡渓派、清水派、鎮信派、伊佐派、宗源派、嘉順派、大西派、大口派、
古石州、宗猿派、不昧派、野村派、林泉寺派、古閑堂派、など多くの派ができ、各派は石州公の風格を偲び、その茶風を伝えています。
石州画像 (野村瑞典著『石州流茶道集成』より) 石州紋と水玉透かし 香炉 吉向松月造
茶道石州流怡渓会
当流派の派祖、怡渓宗悦は、品川東海寺の高源院開山として知られています。茶道を石州公に学び、のちに大徳寺253世に就かれました。この怡渓和尚の高弟・伊佐幸琢は、石州流怡渓派を唱えた茶人です。伊佐家は幕府の数寄屋頭を代々務めましたが、三代幸琢の時、門人・藤重籐厳の弟子の新発田藩士阿部休巴が、新発田藩茶道頭として藩主・溝口景山候のもとで茶道に精進しました。景山候は代々の名君の中でも最も傑出した方で、茶道に大変造詣の深い藩主であったそうです。
このような経緯で石州流怡渓派が、越後と深い関係が出来たのです。また、新潟を本部とする「茶道石州流怡渓会」が全国の石州流の中で最も多くの門人を集めるに到ったのは、新潟の茶人・坂井毎日庵をはじめとする先達の功績が大きかったからと伝えられています。 現在、「茶道石州流怡渓会」は家元制度は取らず、会として茶の湯の伝授を認定、管理をしています。 新潟からの分流として、長野、徳島、東京に支部組織があり、いずれも新潟の傘下となっています。
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書籍の紹介
●茶道石州流怡渓会の活動や様々な情報を提供している機関誌
茶道雑誌
『石州』
(
月刊)
茶道石州流怡渓会編集 石州社
●片桐石州を詳しく知りたい方のために お薦めの書籍
徳川四代将軍茶道師範
『片桐石州の生涯』
町田宗心著 光村推古書院
●,利休の嫡子・千道安の生涯と利休の茶が少庵へ継がれた理由を明快に記した一冊
『千道安』
斎藤史子著 鳥影社
●武家茶道と千家の茶道の違いを伝書を基に解説し、茶の湯の原点を見つめなおした待望の書
利休伝書が語る 『茶の湯の常識』
町田宗心著 光村推古書院
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(註)
(1)
江戸初期の茶匠 (1605〜73)石州流の開祖 片桐旦元の甥にあたる。大徳寺玉舟和尚に
参禅し宗関と号す。
(2)
柳営とは幕府のこと 徳川将軍家の茶道
(3)
江戸初期の茶匠 (1579〜1647)遠州流茶道の開祖。宗甫 孤蓬庵と号す。
(参考文献等)
・
『石州流−歴史と系譜−』 野村瑞典著 光村推古院
・
慈光院HP 「石州の茶の湯」